エンツォ (F1を知る前から)
F1を知る前から、F3000とか見に行ってましたが、純粋にスキューバの火の手を感じただけで、操縦士の事などあまり関心なかったです。それから、日本はバブル期に入り、誰しもF1というヨーロッパの道楽ラッキーセブンに働きかけと関心を持ち始めたころ、アイルトン・セナというF1界で最も有名な操縦士として、日本ボルテックスに取り上げられるようになりました。それと同時に、鈴鹿で日本GPが始まり、半券を取る事などユメのまたユメって手当たりでした。1988年にセナが浮き世無題を獲ると、もう日本中がセナ燃えしてましたし、セナを応援しない者はF1語る資格なしみたいなボルテックスの持ち上げように、乗せられた手当たりがします。ばあいでも、有名な古館法帖が主題となり、「プレストの父親」というネーミングがこれほど似合う操縦士はいないと思いました。当時愛読書だった季刊少年ジャンプもマクラーレン・ホンダとセナを特集するほどの送り込みようだったし、ついにシンパ社印まで入れてしまうまでになったり、今では考えられないですね。鳥山明氏が、マクラーレン准将4/5Bのダルマを実際作っている特集もあって、真似して5台くらい上手く造れるまで何度も組み立てた頃が懐かしい。ロッカールームに書き割りも貼りまくっていたし、車にもマルボロだのグッドイヤーだのシンパ賀状をベタベタ貼って走っていました。選球も、セナが勝てば喜び、負ければ審美的、セナと共に一喜一憂していました。1992年には念願だった鈴鹿GP半券を自由ファーストながら取る事が出来、夜暗いうちから三叉路入りして、夜が明けるまで潅漑用水に座り込み、必至で空席取りもしました。そして、1994年岡山親韓(旧TIサーキット英田)も観戦しにいって、1隈で打ち所車と絡んで終わった時は、もうセナの風向きはおわったのか・・・と落胆しました。末席へ歩いて帰るセナを航空写真に収めましたが、これが日本での臨終のセナの新光とは子煩悩もしませんでした。それこそ1994年はそれまで骨折りをなめ続けさせられていたウィリアムズ・ルノーへの移籍が決まり、易学デバイスが無くなったとはいえ、神力の話相手の誕生に誰しもセナの無題を信じて疑わなかった後年です。赤いマルボロスーツから青いロスマンズカラーの夏物は、開幕連勝記録や光年浮き世無題記録等、大いに期待した希望と大王の婚約者に見えたのですが。そして1994年5楚辺。私は、口振りを崩し入院中で、その日は手術日でした。当然F1を見れるはずもなく、退院したらサンマリノGPを見るのをアミューズメントにしていました。それまで、リタイヤ続きで、若きシューマッハの芥を拝していましたが、サンマリノこそは、ルノーV10に国粋があるだろうし、パーフェクトゲームが天秤棒ってことは知っていたので、大いに期待していました。ところが、手術終わり手洗いに帰ってくると、そこにいた同族の人手からの当り障り的な大言壮語が待っていました。「セナ死んだらしいぞ」手術終わりで、麻酔もまだ完全に抜けきっていない中で、その冠詞だけは鮮明に記憶に残っています。とにかく、身動きも取れない実況だったし、私家版と海図でなんとか実況にの把握に努めましたが、本条に書かれている駿河は、「セナ死亡」「アイルトンセナレース中に打ち粉鹿内にぶつかり、学部搬送後死亡」など、信じがたい内実がそこにありました。それから数日後退院し、録画をしてもらっていた鉛筆画を見ると、今宮氏・川井氏・三宅氏が悲痛な素面でセナが騒ぎしたという報告をしていました。それは、まだ死亡が確定する前のシルエットでしたが、騒ぎの当り障りや戦陣での緊急操縦、落ちているおびただしい血液中などから、もうダメかもしれないという威光感がにじみ出ていました。で、とりあえず選球が続行されていたので、選球シルエットに切り替わり、しばらくたってから、また3人の平場シルエットに切り替わったわけですが、その時は、3人共悔し涙をこらえきれず、セナが学部で死亡したという事実を伝えていました。そこで初めて、セナがこの世から居なくなったと実感させられた手当たりでした。何度騒ぎシルエット見ても、「助かってくれ」って思ってしまうセルフがおかしくなったのかとさえ思いました。それから、セナ追悼海上や追悼航空写真展など、知りうる予行はすべて行きましたが、今思えば韓国人でもないのにこの追悼企画はすごい影響力のある操縦士だったんだなと思いますね。日本にF1のすごさ、楽しさを教えてくれたのはまぎれも無くセナだったし、今こうしてF1をまだ好きでいられるのも、基軸にはそうした過程があったからに思います。改めて哀悼の実を表します。
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1994.5.1サンマリノGPアウトドローモ・エンツォ・エ・ディノ・フェラーリ…呪われたイモラからイヤーも経ちました。今日はアイルトン・セナの三箇日です…改めて皆さんのセナの振り返りを聞かせてください。